戦時下の音楽

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■ ここのところ、ハインリヒ・シュッツの「わがことは神に委ねん」SWV.305を繰り返し聴いている。クラシックはそこそこ聞きかじってきたつもりだったが、まだこんな凄い曲もあったのだ。正直、びっくりしている。
 シュッツは、敬愛する師ジョヴァンニ・ガブリエリの下イタリアで研鑽を積み、ドイツに帰国後ほどなくしてザクセン選帝侯の宮廷楽長に就任するが、不運にもその直後、全ドイツの人口を1/3にまで減らしたといわれる「三十年戦争」に巻き込まれてしまう。この「わがことは神に委ねん」が収められた「小宗教コンチェルト第1集作品8」は、1636年、その戦火の真っ只中で作曲されている。戦時下でもじゅうぶん演奏できるよう少人数のアンサンブル向けに作曲されていることから、タイトルの頭には「小」と付された。いまぼくが好んで聴いているのも、テルツ少年合唱団のソリストたちによる質朴な演奏である。けれども、むしろ人数が少ないからこそそこには切々とした魂の叫びが宿り、聴くものの心を掴んではなさない強さが生まれる。
 思うに、シュッツはこの曲集をドイツ各地の教会で演奏されることを念頭に作曲したのではないだろうか。小規模のアンサンブルなら、小さな村の教会で女や子供たちだけでも演奏できる。そしてそれを演奏しさえすれば、荒廃したドイツ全土に散り散りなっていようとも人びとの心は居ながらにしてひとつにつながり、信仰は守られる。ざわついた心を鎮め、人びとを正しい道筋へとを導いてゆくかのようなそのきっぱりとした音楽に触れると、シュッツというひとがいかに「戦時下の音楽」のあるべき姿について深いところで考えていたかがよくわかる。
 いっぽう、おなじく乱世の時代にあって、蓮如は「御文(おふみ)」という手段で各地に散らばった門徒たちに弥陀の教えを正しく伝えようと心を砕いた。それはまた、シュッツがその音楽によってなさんとしたことを思い起こさせる。シュッツの音楽が、彼の深い信仰心の表明であることをそのことが教えてくれはしないだろうか。


Tölzer Knabenchor - SCHÜTZ(SWV 305)